大航海時代の歴史背景

 大航海時代の幕開け ポルトガル史(エンリケ〜バスコ・ダ・ガマ) 
 イスパニア史(コロンブス〜マゼラン)
 ネーデルランド史(独立戦争〜VOCオランダ東インド会社)
 イングランド史 (トラファルガーの戦い〜大英帝国の完成まで)

 中世における地中海交易史
 交易品




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†中世における地中海交易史

 ヨーロッパで交易による本格的な商業が発達したのは中世後期になってからでした。
 商業が発展するにはふたつの要素、すなわち信頼の置ける通貨と商品の輸送手段が必要なのですが、ローマ以来長く断絶されていたこの両者が整うまでには、長い時間を要しました。

通貨
 この時代の通貨は主に金貨か銀貨です。貨幣に適した材料は腐ったり錆びたりしないという科学的安定性や、簡単に生産調達ができないという希少性が必要です。金銀はそれらの要素を満たしていただけでなく、美術品や宝飾品となったときのまばゆいばかりの輝きが権力者をはじめとした人々の所有欲をかき立てました。金銀以外の貨幣として動物の革や貝殻などが流通していた地域もありました。

 ローマ帝国の崩壊以降、ビザンツ帝国(東ローマ)の金貨やカール大帝の金貨が発行されましたが、たいてい鋳つぶされて宝飾品に加工されて死蔵されてしまい市場には流通しません。その後、西ローマの跡地に大小の王侯が勃興して分断統治するのですが、いずれも国際通貨を発行するだけの経済力と信用を持ちえませんでした。各国で発行された大型銀貨は重さや単位がばらばらであるだけでなく、たいていの場合年を追って銀の純度が下げられたからです。一例を挙げるなら9世紀にフランスカロリング王朝のルードヴィヒ敬虔王が発行したデナリウス銀貨は純銀2グラムを含んでいたのですが、次第に混ぜ物がされるようになり、13世紀になるころには純銀はわずか0.35グラム、2割しか銀を含まない粗悪な銀貨に改鋳されています。
  こうした「悪化が良貨を駆逐する」現象によって通貨の信用は常に暴落の危機にあり、結果深刻なインフレを引き起こしていたので、まともな商業は成り立ちませんでした。

 13世紀中盤、フィレンツェで「フィオリーノ金貨」が、ヴェネツィアで「ドゥカート金貨」が登場します。イスラムから流れ込んだ豊富な金で鋳造されたこれらの高品位の金貨はヨーロッパ全土で熱狂的に受け入れられます。国際的な交易はフィオリーノやドゥカートで決済され、各国で発行されている地方通貨も「ドゥカート金貨に換算していくら」という基準で計算されるようになります。


輸送手段
 輸送手段を大別すると陸路と海路にわけられます。当時の陸路の旅は困難を極めました。商隊の行く手はは険しい山岳と広大な森林によって阻まれ、至るところで野盗の襲撃と領主の関税に悩まされなければなりませんでした。その割にはロバの背に乗せられる荷物の量は日々大量に消費される食品や日用品を全て賄うには少なかったのです。陸路を行き交うのはごく近距離間の地域商業か大急ぎで届けなければならない連絡文書ぐらいで、大規模な陸上の流通がはじまるには鉄道の開通まで待たねばなりません。
 
 一方で海路交易は、風向きや天候による大幅なスケジュールの遅延のほかに、難破や拿捕による損害が極めて大きいというリスクを持っていましたが、その積載量と輸送コストの安さから当時の輸送手段の主流になっていました。内陸部へ物資を送る場合も平底船に荷を移し替え運河をさかのぼって輸送しました。

 こうして中世の海路交易はイタリア都市国家周辺と北海バルト海のハンザ同盟都市で発展します。しかし、両者を結ぶ航路はジブラルタル海峡によって長らく断絶していました。イベリア半島に進出したイスラム国家の海軍がが海峡を封鎖していたからです。
 13世紀に目覚ましい進撃を遂げたレコンキスタ運動と共にヨーロッパの南北の海を結ぶ門は開かれ、北海から地中海を結ぶ交易ルートが確立されるようになります。


商業とキリスト教倫理
 商業の発達を妨げていたもうひとつの要因として、キリスト教の倫理観に基づいた精神的な枷がありました。当時のローマカトリックが尊いことしていたのは「祈ること」「(神のために)戦うこと」「生産すること」でした。何も生み出さず商品を左右に動かすだけで利潤を得る商業は卑しいこととされていたのです。ましてや金貸しは神への反逆に等しい行為とされ、摘発されれば財産没収と火刑が待っていました。商業そのものが低められ、融資や投資をする銀行業が悪魔的所業とされていたのでは商業が発達するはずがありません。

 それでもカトリック文化圏の国々では商人たちは何とか言い訳と抜け道を見つけ生業を続けます。そんななか、商業と信仰を融和させたプロテスタントがオランダやイギリスで急速に普及していきました。すると、旧教国で虐げられてきた銀行家や資本家は新教国へと流出していきます、結果的に産業が空洞化した旧教国はその没落に拍車がかかることになります。

 商業を縛っていた枷には社会の統治形態に組み込まれたギルド(同業組合)もあります。当時、都市住民は全てどこかしらのギルドに組み込まれ厳格な規則で縛られていたのですが、そのなかでも技術を独占していた職人は社会に強力な支配力を持っていました。こうしたギルド内の地位は最も複雑な工程に携わる職人が最上位とされ、商人は職人の材料調達係か販売担当程度の使いっぱしりにしか見なされていませんでした。

 ところが、14世紀ごろになると富を蓄えた商人と職人との力関係が逆転します。ギルド内で権力を得た商人は職人に対して一方的に有利な規則を作るようになり、やがて職人を社員化していきます。毛織物などの有力なギルドを傘下に収めた商人は、やがて他のギルドをも併呑してあらゆる商品を手がけるようになり、各都市に支社を作って商務員を派遣し、為替と手形決済の手法を完成させ、今日の商社の原形コンパニアが誕生していきます。
 
 
 
 


 
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