アルマダの戦い スペイン無敵艦隊の悲劇
マイケル ルイス (1996/10)
新評論
アルマダ海戦でイスパニアの無敵艦隊がイングランドに敗れたその敗因として、
(1)イングランドの小型船がイスパニアの大型船を機動力で圧倒した
(2)長距離砲=ロングレンジ戦法が重砲=近射撃&接舷戦法を打ち破った
という説が近年まで語られてきました。
(1)については、英国船はイスパニア船に比べて小型ではなかった(トン数の計算方法が違った)にせよ、イスパニア船が風上への操船性や船員の技術といった面において、イングランドに水をあけられていたのは事実でした。ですが、(2)については真相は全く異なっていたらしいのです。
本書は詳細な資料を元にアルマダ海戦を再分析し、それまでの俗説とは全く異なった結論を導き出しています。
記録を調べていくと、イスパニア船もイングランド船同様に長距離砲を搭載していて、イングランドの砲撃に対してイスパニア側もそれなりに撃ち返しているのだそうです。
海戦の勝敗を決したのは三国志の頃からの伝統的手法、すなわち火船による焼き打ちで戦法でした。イスパニア船の沈没原因のほとんどは漂流後の嵐によるものだったという事実は「レパントの海戦で白兵の時代が終わり、アルマダ海戦から艦砲の時代がはじまった」というイメージを変えてくれます。
※イスパニアのフェリペ2世はイギリス船の戦法について「イギリス船は砲術にすぐれ、距離をとっての砲撃戦を好む」と評した一方、後のネルソンは英国海軍は至近距離からの砲撃戦〜接舷戦法を得意とし、麾下の艦隊にもそう命じていました。
時代の違いのせいもありますし、そもそもの認識の違いのせいもあるでしょうし。
Naval
Guns: 500 Years of Ship and Coastal Artillery
Hans Mehl、Rudolf Roth 他 (2003/03/31)
Naval Inst Pr
題して『海軍砲〜艦載砲と沿岸要塞砲の500年の歴史〜』
1ページ目から最後まで大砲の写真が並んでおります。
この世で最も色気の無い写真集のひとつでしょう。ほとんど全部モノクロ写真ですしね。ストイックな作りになっています。
一応レビューを…するくらいなら、画像そのままアップしたほうがいいかもしれません。
16世紀のセイカー砲の図解です。
別の資料では、セイカー砲っていうのは英国の基準だと口径3.65インチ、砲身が2.1メートルで、6ポンド砲弾を発射した大砲(スペインだと9ポンド砲)だそうです。
ひょろっとした細長い大砲だったんですね。
で、ちょっと気になるのが、写真右下の大砲を正面から見た図。
大砲の砲身の外径に対して内径が、つまり大砲の太さに対して発射される砲弾のサイズが小さすぎると思いませんか?
当時は鋳造技術の関係で、大砲の金属の強度が著しく低く、砲身の肉厚を厚くしないと安全強度が保てなかったらしいのです。一般的に砲身の長さに比例して火薬量も増える傾向もあって図のセイカー砲はこんな感じになってるんでしょうかね。
で、もうひとつ、こっちはホーウィツァー砲です。 18世紀、英国のカロネードに対抗してフランスが搭載したのがこの大砲。
ホーウィツァーは今日『榴弾砲』と和訳されますね。
炸裂弾を発射する、ターゲットを直射するカノン砲よりも射角が高く、45度の角度でいろんなものを投擲する臼砲(モーター砲、写真左上にちょこっと写ってますね)よりも射角の低い大砲を意味します。
大砲フェチにはたまらない一冊です。
世界銃砲史
岩堂 憲人 (1996/07)
国書刊行会
辞典くらいのサイズで上下巻900ページもの分量をもつ、古今銃砲大図鑑です。
専門家が書いただけあって知識量も膨大かつ多岐に渡っており、資料として高く評価されることの多い本です。
ただ、値段が高すぎるので、私もさすがに以前に図書館で借りて読んだだけです。面白そうな部分だけちゃっかりコンビニでコピーを…。
で、そのなかでも特に面白いネタがありました。
アルマダの海戦でイギリス軍が主力にしていたという長射程軽砲のカルヴァリン砲と、スペイン軍が主力にしていたという短射程重砲のデミキャノン砲、本当に優れているのはどっち? てな撃ち比べデータを比較した表を掲載しているのです。
岩堂憲人氏は17世紀のイギリス海軍が作成した砲弾の到達距離と到達時間に関する資料、つまり何秒後に何メートル飛ぶかを一覧表にしたものをみつけてきて、それを元にだいたいの初速と交戦距離ごとの砲弾の破壊力を産出しています。
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1秒後到達距離
推定弾速 |
2秒後到達距離
推定弾速 |
3秒後到達距離
推定弾速 |
4秒後到達距離
推定弾速 |
32ポンドデミキャノン |
175m
165m/s |
336m
152/m/s |
487m
141m/s |
none
|
エネルギー |
20100kgfm |
17100kgfm |
14700kgfm |
|
18ポンドカルヴァリン |
237m
214m/s |
440m
180m/s |
618m
152m/s |
777m
129m/s |
エネルギー |
18000kgfm |
12700kgfm |
9100kgfm |
6600kgfm |
こんな感じなんだそうです。
この表からすると、300〜400メートル近辺での破壊力はデミキャノンの勝ちなようです。
確かに1000メートル近くになるとデミキャノンは射程外なのですが、当時のだいたいの交戦距離は300メートル前後、800メートルを超えると狙っても当たりませんし、当たっても船体を撃ち抜けるだけの威力が残ってないと意味がありませんしね。両方搭載するのがいいのでしょうけど、どっちか選べと言われたら大きいほうを選びましょう。
尚、岩堂憲人氏は「重いデミキャノンより軽いカルヴァリンのほうが操作性がいいから発射速度も速い」と言っていますが、実際にはカルヴァリン砲は多めの装薬に耐えられるように砲身の肉厚が太くなっていて、デミキャ1800kgに対してカルヴァリンは2000kgだったりします。
火器の誕生とヨーロッパの戦争
バート・S. ホール 著 市場 泰男 翻訳
軍事マニアの評価が高く、ときどき参考文献として取り上げられる本です。
もともと古代中国で発見された硝石は、はじめ漢方薬として服用され、そのうちにその混合物の爆燃作用が武器として―『砲』として利用されるようになり、それは西へと伝播して14世紀にはヨーロッパ史のなかに登場します。その後16世紀頃までに欧州の諸侯たちは大小様々のサイズの銃砲を開発し火薬の調合法を工夫し砲弾を石から鉄へと変え、軍用花火でしかなかった火薬兵器を、素晴らしく効率よく城塞を破壊し船を沈め兵員を殺戮できる道具へと進化させました。
中世以降、近代以前の戦争に、誕生したばかりの火器がどのように関与していったかを知ることのでき、当時の火器について初速がどうだとか火薬の粒子の大きさがどうだとか技術的ところが細々記述されている良書です。
ただし、ここで扱われている内容はほとんど陸戦関連のお話です。ですので、大航海時代ファン的な視点でとらえれば、こんなのもあるよねくらいな参考資料程度の価値しかないかも。
あと残念なのが絶版書だということ。しかも変な相場師みたいなのがネット上の古本価格つり上げてるみたいで、当分手が出ませんね。
大砲と帆船 ヨーロッパの世界制覇と技術革新
著 C.M.チポラ
大砲と帆船の本というより艦載砲についての解説書です。
この本のユニークな点は、経済学者である著者が、大砲についてその原料となる銅や鉄の価格差であるとか、とあるイングランドの鋳造所の年度ごとの生産量の推移といった、平時における産業としての大砲に着目しているところでしょう。
この本では本論とほぼ同量のボリュームを注釈に割いているのですが、注釈が意外と面白く読めます。例えば、1516年にアデンから出撃したオスマン艦隊のガレーにはバジリスク砲(80ポンド砲のことか)という巨大砲が搭載されていてヨーロッパ人を驚かせたが、それを発射した瞬間に反動でガレー船はひっくり返ってしまった――など、興味深いエピソードを知ることができます。
絶版してるので古本屋さんで。
大砲の歴史
アルバート・マヌシー著
前装砲(先込め式の旧式大砲)についての解説書。大砲の発展史から始まって大砲の種類、火薬、砲弾とひととおりの知識を得ることができます。
装丁も印刷も安っぽく、一見するといいかげんな自費出版書みたいですが、意外に内容は秀逸です。
特にファルコン砲、カルバリン砲、カノン砲などめいめいに勝手な名称がつけられた当時の大砲を、発射する砲弾の重量や発射角度によって分類し一覧表にしてあるあたりは目からうろこな感がありました。ペリエ砲って石の砲弾飛ばしてたんですね。
近代以前の先込め式大砲に関する日本語の資料がきわめて乏しい現状で、その具体的なイメージを掴むのになかなか優れた本だと思います。
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